第28回 渡邊綜合法律事務所開設のお知らせ ― 個人事務所とAI
この度、共同事務所であった渡邊・清水法律事務所を解散し、個人事務所である渡邊綜合法律事務所を新たに立ち上げました。
過去を振り返ることは嫌いですが、気づいてみると、1987年に弁護士登録してから間もなく満40年になります。その間、常に同僚との共同事務所で働いてきました。弁護士ひとりの事務所は初めてです。開設してひと月経ちましたが、誰に気兼ねすることもなく、自分の信条(端的に言うと好き嫌い)のみに従って事務所を運営できる環境は何物にも代えがたいものがあると感じています。しかしその分、ひとりきりの事務所ですから、人的物的資源には大きな制約があります。所内に存在する文献は極めて限られていますし、案件を一緒に処理できる同僚もいません。この点にどのように向き合い、どのように解決するかが個人事務所の大きな課題です。自分にとってはまさに初めての経験ですので、試行錯誤しつつ解決策を模索していくしかないと思っています。
今回はこの点について少し思うところを書いてみます。
個人事務所の課題、今の時代の事務所としての解決の糸口のひとつは、皆様も感じておられるように、恐らくAIではないかと思っています。
AIの能力の本質は、大規模言語モデルによって習得した言語の予測能力であり、その進歩は言語データのインプット量とシミュレーション数の飛躍的な増加によるものであると思っていますが、法律の世界におけるAIの進歩は、他の領域に比較して遅いという印象があります。恐らくデータの量が圧倒的に不足していることに原因があるのだと想像します。例えばGoogle Chromeで検索をかけると、最近はGeminiの回答がブラウザの一番上に表示されますが、法律上の論点に関して検索をかけた場合の信頼度は圧倒的に低い。これを無批判に信頼すると、とんだ痛い目をみます(しかもAIは、いかにももっともらしくウソをつくので厄介です)。しかし、これまでのAIの進歩の速度に鑑みれば、その欠点も直に改善されていくことでしょう。AIがデータの量によって賢くなるものであれば、データ量が蓄積されてさえいけば、十分に信頼に足るものになるのは時間の問題だからです。
そして、AIをアシスタントとして使いつつ業務を行うことができれば(AIがそれだけの信頼に足りるものになれば)、これまで事務所内の人的資源に頼らざるを得なかった部分の相当程度は置換できるようになるでしょうし、そうなれば判例や文献の調査や論点の整理、検討などを同一事務所の弁護士に依頼する必要性は著しく低下し、結果的に、近い将来、法律事務所として膨大な数の弁護士を雇用する必要もなくなる時代が到来するかもしれません。今後かつてないほど、法律事務所にとっての「規模それ自体」の意義、その重要性が問われる時代が来ることもあり得ます。そしてそれは、相対的に、人的規模の欠如という個人事務所の弱点が弱点ではなくなる時代が来るかもしれない、ということです。
半面、弁護士業務の中には、AIでは容易に置換できない部分もあると思います。
それは、依頼者が弁護士を頼ってきた目的を冷静に見極め、その目的を達成するための手段を考え抜くというプロセスです。これまでのコラム(第2回「『クライアントのために最善を尽くす』ことについて」)でも触れましたが、依頼者は何らかの問題を抱えて弁護士のところにやってきます。依頼者が望むのは、依頼者自身が問題であると認識している、その問題の解決であり、それが依頼者にとっての依頼の目的です。しかし、依頼者が抱えている問題状況を冷静に分析すると、依頼者にも見えていない本当の問題が別に横たわっていることがある。また、依頼者も想定していない、全く異なる解決手段を採らないと、問題の根本的解決ができないということもあります。つまり、案件に真剣に向き合い、案件の細かい利害状況を紐解いていくと、目的の認識と当該目的達成のために採るべき手段の選択、その両方について、結果的に依頼者も気づいていない真の目的、真の解決手段を見出すことができることがあるのです。
そして、これこそが我々弁護士にとっての醍醐味であり、依頼者の深い満足につながっているのですが、まさにこの部分がAIの最も不得手な部分であり、AIがこれを置換していくのには相当の時間がかかる領域だと思います。なぜなら(少なくとも現時点での)AIの能力は、AIを使う側の言語能力に全面的に依拠しているからです。依頼者が気づいていない(従って言語化できない)目的は、AIには認識できず、よってそれを前提とした手段も選択することはできません。関連する事実関係を総てAIに認識させることができたとしても、AIからのアウトプットは、その案件の類型に応じた典型的なものに限定されるという現状は、恐らく今後も基本的に変わらないのではないかと想像します。
また、依頼者だけではなく、裁判官や相手方を説得するという作業も、どのような事実関係をどのような順序で開示していくか、その過程でどの事実は開示せずにおくか、という臨機応変な対応が求められるところですが、恐らく現時点でのAIは、こういう作業もまた不得手なはずです。日常会話であればともかく、法律問題を基本とする会話そのもののデータが圧倒的に少ないはずですし、まして交渉・説得という場面でのデータの蓄積には、今後相当の年数を要すると思われるからです。
従って少なくとも今後暫くは、このようなAIには容易にデータの蓄積ができない分野は、弁護士の最後の砦として残るのではないかと予想しています。そして、今後の個人事務所のビジネスモデルは、AIに置換できる部分の作業は積極的に置換して人的物的資源の不足を補い、方や、AIに置換できない部分については、なお一層研鑽を重ねて(爪を研いで)存在価値を磨いていく、というところではないかと思っております。
個人事務所のもう一つの課題は、情報です。
ひとつは、判例や文献等の情報ですが、これはオンラインの文献情報データベースを駆使すればある程度は解決できます。もとより、大規模事務所の情報量には及ぶべくもありませんが、これはどう転んでも個人事務所では太刀打ちできませんので、諦めるほかありません。
また「情報量」という時にはもうひとつ、弁護士のノウハウの共有化、という面があります。先ほど申し上げたように、「相手の手札を予想しつつ、いつジョーカーを切るかを考える」というような当意即妙な戦略をどのように考えていくか、というようなノウハウは、弁護士間で共有すること自体が相当難しいと思いますが、先方から出てきた契約書のドラフトに対して、どのような内容のカウンターを返すか(ヴァリエーションA、B、Cのうち、AでいくかCでいくか)というようなノウハウは、事務所で共有することが可能ですし、大規模事務所ではどこもこのようなノウハウの共有化に非常に積極的です。なぜなら、このようなノウハウの共有化こそが、大規模事務所の優越性の最も重要な基礎をなしているからです。
そして、このようなノウハウも、大局的には、先ほどのAIの進歩によってある程度は置換されていくべき領域ではありますが、この「事務所に所属する弁護士のノウハウの共有」に関しては、上記の通り、基本的にどの事務所にとっても、これこそが他事務所との差別化の基礎となる最も重要な知的財産ですので、絶対に外には出しませんし、ましてオープン型AIにノウハウを出すことも控える筈です。近頃、契約書ノウハウを商売にしている会社のキャッチコピーに「トップ・ローファームの知見を誰にでも」というようなものがありますが、共有されているその知見は、外に出しても事務所の業務に影響の及ばない部分に限定されていると考えるのが自然です。逆に言えば、各事務所のノウハウのうち、その商売の源泉たる最もコアな部分は、事務所内部のみで共有されることとしても、事務所外部には開示されないと考えられるということです。
そして、そうであれば、どんなにAIが進化しても、弁護士のノウハウのうち、最もコアな部分は、AIも容易にデータの蓄積ができないはずなのです。そして、このノウハウの利用こそが、総ての弁護士にとっての業務の中核であり、自分自身にそのノウハウがないのだとすれば、これは外部の弁護士の力を借りる以外にありません。逆に、そのように割り切ってしまえばよいだけのことです。更に言うと、どの弁護士も、自分自身が誰よりもノウハウを持っている、その分野の仕事をメインに取り組んでいけばよいのであり、皆そのような専門分野を持つべく、必死に切磋琢磨しているのが我々弁護士なのである、とも言えます。個人事務所の弁護士も、その限りではあらゆる弁護士と同じであり、結局のところは、その部分を磨いていくことこそが根幹にあることは不変ということですね。
相変わらず今回も、とりとめもない内容のコラムになってしまいました。
いずれにしても、折角一人の事務所を開設したのですから、自由と責任を満喫しつつ、今後とも楽しく仕事をしていきたいと思っております。また、このコラムも、更に充実させていきたいと思っております。
皆様、今後とも何卒よろしくお願い申し上げます。